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親が亡くなったときに自分を癒す方法

River_2

Helping Yourself Heal When a Parent Dies (by Alan D. Wolfelt, Ph.D.)
「親が亡くなったときに自分を癒す方法」を、一部省略して訳しました。

訳しているうちに、不思議と癒されてきました。
意味をよく咀嚼したからかもしれません。

お父様、またはお母様を亡くされて、このブログに来てくださった方へ。
2009年1月に母が亡くなったので、お気持ち、よくわかります。

私も、まだまだ葛藤の日々です。
最近泣いてなかったのに、今日はコップ1杯くらいの涙が出ました。

私は、死別の悲しみは「乗り越える」ものとは思っていません。
乗り越えるというより、消えることのない悲しみと共にどう生きていくか、
どうつきあっていくかを、少しずつ学んでいくのではないか・・・
そんな気がします。

みなさまに、少しでも、ほっとする時間がありますように。


追記:お読みいただき、ありがとうございます。
このブログは、現在更新をお休みしております。
お返事は必ずさせていただきますが、お時間がかかりますことを
どうかご了承ください。
よろしくお願いいたします。

*******************

お父さん、お母さんが亡くなってしまったんだね。
親との関係が、よかったとしても、悪かったとしても、
親への想いはとても強かったんじゃないかな。
基本的には、ほとんどの人が親を深く愛している。
親も、世界で一番、無条件の愛を与えてくれる。

かけがえのない人を失って、悲しくてしょうがないよね。
亡くなった人への思いや感情をさらけ出すのが、死を悼むということ。
あえてさらけ出すことが、悲しみを癒すのに必要なんだ。


あなたの悲しみは、あなただけのもの

死別の悲しみは、ひとりひとり違う。みんなが同じ方法で悲しむわけじゃない。
親との関係、どんなお別れだったか、精神的にどんな支えがあるか、
文化、宗教の違いによって、
悲しみの体験は異なってくる。
だから、自分自身のやり方で悲しんでいい。他の人と比べないでね。
どれくらいの期間が過ぎたら、悲しむのはもう終わり、
なんて考えに左右されなくていいよ。

一日、一日、自分のペースでのんびりいこう。


いろんな感情が押し寄せる

親子の絆は、人間が持つなかで、一番根本的なものなんじゃないかな。
お母さん、お父さんが亡くなったことで、その絆が引き裂かれてしまった。
そして、さまざまな強い気持ちの揺れを体験する。

まひしたような感じ、混乱、恐怖、罪悪感、安ど感、怒り・・・
こういった感情は、ほんの一部。
短い間に次から次へと押し寄せたり、一度に感じるかもしれない。

親と死別したときに感じる気持ちは、人によって違うけれど、
共通してよく聞かれる感情を説明すると・・・


悲しみ

親が亡くなったら悲しいって、わかってはいたと思うけれど、
こんなに悲しくなるなんて、想像してなかったかもしれないね。
でも、これだけ深く悲しむのは、自然なことなんだ。
だって、無条件で、他の誰よりもあなたのことを心配してくれた人が、
いなくなってしまったんだから。

もし今回、両親の最後のひとりが亡くなってしまったのなら、特に悲しいと思う。
「大人の孤児」になるのは、とても痛みを伴う、人生の転換だから。
あなたに子供がいたら、おじいちゃん、おばあちゃんを亡くしたことになるから、
それを思うと、また悲しいよね。
たくさん悲しんで、自分の心の痛みを受け入れよう。


安ど感

もし親が亡くなる前に、しばらく闘病していたら、お父さん、お母さんが亡くなって、
あなたはほっとしているかもしれない。親の看病をしてきたなら、この想いは強いかもしれない。だからといって、お父さん、お母さんを愛してなかったわけじゃないよ。
親の苦痛が終わって、ほっとするのは、愛しているからこそ。自然なことだよ。


怒り

機能不全家族や、虐待のあった家庭に育った場合、解消できなかった怒りが、
亡くなった親に向くかもしれない。

つらい感情が、親の死によって、表面に浮上してくるかもしれない。

愛情のある関係だった場合は、親がまだ若いのに、永遠の別れが訪れたことに怒りを感じるかも知れない。
もし怒りを感じるなら、怒りの原因を分析して、受け入れるようにしてほしい。


罪悪感

親との関係に問題を抱えていたり、距離があったり、複雑な感情を持っていた場合は、親が亡くなったときに罪悪感を感じるかもしれない。
こう言おうと思っていたのに、言えなかったとか、あんな傷つけるようなことを言わなければよかったとか。

でも、罪悪感や後悔といった感情は、お母さん、お父さんが亡くなったときに、自然に持つもの。こういう気持ちに向き合うことが、癒しに必要なんだ。
自分のこと、おかしいんじゃないかと思うかもしれないけれど、いたって普通で、健全だよ。どんな気持ちになったとしても、自然に任せよう。自分に批判的になったり、つらい考えや感情を抑え込もうとするのはやめよう。
悲しい気持ちを親身になって聴いてくれる人に、できるだけ会って話をしよう。

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死別が家族全体に与える影響

親が亡くなったことがどう影響するかは、あなたと、兄弟・姉妹、それぞれ違うんじゃないかな。だって、ひとりひとり、親との関係が違うから。それぞれが自分のやり方で、親との別れを悲しんでいいと思う。

親が亡くなったことで、もしかしたら、兄弟の間で衝突するかもしれない。葬儀のやり方で意見が分かれたり、金銭的なことで揉めたり。嫌になるかもしれないけれど、これも自然なこと。ストレスが多いこの時期、家族でお互いよく話し合うようにしよう。
嫌なことばかりじゃなく、親が亡くなったことで、兄弟の絆を強く感じるかもしれない。
ありがたいね。

それから、ひとり遺されたお父さん、お母さんのことを考えてみよう。
長年連れ添った奥さん、旦那さんを亡くすということは、子どもが受ける衝撃とは、また違う。だからといって、あなたは親に対して責任がある、と言いたいわけじゃない。
まずは、あなた自身を癒すこと、自分の悲しみに向き合うことが、なによりも大事。
そのうえで、親よりも若くて、回復力もあるあなたなら、忍耐と思いやりの気持ちを持って、親に接していけるんじゃないかな。


人に助けを求めよう

つらいとき、自分を思いやるつもりなら、人に助けを求めることが一番。
こんなふうに考えてみて。
親を失うということは、これまでの人生で一番つらい仕事じゃないかな。
大変なときは、誰かが手を貸してくれると、負担が軽く感じられるよね。

亡くなった親が高齢だった場合、人はあなたの悲しみを理解してくれないかもしれない。年を重ねることを軽視しがちな文化だから。お年寄りは知恵、経験、愛を与えてくれる存在というより、もう役目を終えた人たち、という見方をするのかもしれない。
「大往生でしたね」「寿命でしたよね」なんて言われたり。「お母さんは特別な存在でしたね。お母さんとの絆は、大きな意味がありましたよね。お亡くなりになって、残念ですね」と言われるかわりに。

あなたの悲しみを認め、話をそのまま聴いてくれる人を探そう。
あなたの気持ちを判断しようとしたり、ひどいときは、流そうとする人は、避けよう。
痛みが消えることはないけれど、人と分かち合うことで、時間をかけて、痛みに耐えられるようになる。
助けを求めることで、人とのつながりや愛情がさらに強くなって、
人生に再び生きる価値が見えてくるよ。


体と心の限界を許そう

死別の悲しみを体験すると、疲れきったように感じると思う。思考力が落ちたり、物事を決められなくなったり。エネルギーが低くなることで、自然とペースをゆっくり落とすようになる。体と心の声を聴くようにしよう。自分自身をいたわってあげよう。しっかり休もう。バランスの取れた食事をしよう。スケジュールを、できるだけ軽くしよう。

悲しみは、(薬のように)「投与」するものと考えてみよう。毎日、一日中無理して死別のことを考えなくてもいいんだよ。自分を癒すために、悲しむことは必要。
でも、生きていくことも必要なんだ。


意味を求める
 

「どうして、今、お母さんが死なないといけなかったの?」
「亡くなると、どうなるんだろう?」
人生や生きることの意味を求めるのは、親が亡くなったときの、自然な反応。
悲しみを癒していくのに、こうした疑問に答えを探すことは、必要なんだ。
確かな答えが見つからなくてもいい。
大事なのは、物事をじっくり考え、感じていくこと。


思い出を大切にする
 

親はもう、この世には存在しないけれど、心の中、思い出の中に生き続けている。
思い出を大切にして、家族や友達と分かち合おう。思い出して、笑うかもしれないし、泣くかもしれない。
どちらにしても、思い出は永遠に残る、お母さん、お父さんとの大切な繋がり。
思い出を形に残したいと思うかもしれない。木を植えるのもいいし、箱を用意して、
思い出の写真や形見を入れるのもいい。
 

悲しみと癒しに向かって

もう一度思いっきり生きて、愛するために、親の死を悲しまなくてはいけない。悲しみを隠さずに出すことで、初めて自分を癒すことができる。悲しい感情を否定すると、余計にややこしくなって、重くなってしまう。
悲しみを受け入れて、癒してほしい。
悲しみとうまくつきあえるようになるのは、そんな急にはできない。
悲しみとは、ひとつの出来事として終わるものではなく、一連の作業だということを覚えていてほしい。
焦らないでいいし、自分に甘くていい。
そして、親が亡くなったことで、あなたの人生が永遠に変わったいうことを、
けっして忘れないでね。

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コメント

俺も去年の4月に最愛の母を80で失いました。生きている時はいるのがあたり前で、いざ亡くすと淋しい淋しい淋しい

投稿: 湯浅 | 2010年1月20日 (水) 08時28分

湯浅さん

コメントを残してくださって、ありがとうございます。
お返事が遅くなって、申し訳ありませんでした。

おっしゃる通り、生きているときは当たり前の存在が、いなくなると、その存在の大きさに驚きますよね。
今まで、いてくれるだけで、どれだけ安心感を与えてもらっていたのか、日常のふとしたときに、思い知ります。

先日、一周忌を迎えましたが、相変わらずさびしいです。
悲しみは消えることはありませんが、最近になって、「母が私のお母さんで、本当によかった。私はなんて幸せなんだ」と、「娘ばか」ですが、よく思うようになりした。
母が生きていたときよりも、強くそう思います。

投稿: Karen | 2010年1月25日 (月) 19時27分

突然のコメントすみません。
文章も読みづらくてすみません。
1週間前に母が他界しました。突然のことで今も何かポッカリ抜けている感じです。
このサイトをみて、「そうだなぁ」という気持ちが沢山ありました。
また、読み返したいと思います。

投稿: 麦茶 | 2010年2月 1日 (月) 13時24分

麦茶さん

コメントを残してくださって、ありがとうございます。
すぐにお返事ができず、申し訳ありませんでした・・・。

お母様がお亡くなりになられたとのこと、心よりお悔やみ申し上げます。
ショックでなかなか現実を受け入れられないものですよね・・・。
私も1年前は、とにかく泣いていましたし、どうやって毎日を送っていたのか、記憶が飛んでいたりもします。

つい先日、母が帰って来た夢を見ました。
「おかえり~よく帰ってきたね」って、すごくうれしくて、本当に帰ってきてくれたみたいで・・・。朝起きたとき、その気持ちがまだ残っていました。

「もう会えない」ということがどれだけ辛いのかは、経験してみないとわからないことです。胸が、本当にぎゅーーーっと締め付けられますよね。ひとの言うことは、あまり気にしなくていいですし(私は、人間不信気味になりました)、泣きたいときは、抑えないでどんどん泣いていいと思います。
更新はお休みしていますが、話したいとき、またいつでも来てください。

投稿: Karen | 2010年2月18日 (木) 12時22分

私は先月に父を亡くしました。63歳でした。
そして私はまだ21歳です。
大学4年で、大学院に受験したいですが、経済的に就職もしなきゃのでは?とも考えています。
でもどっちにしろ、毎日父とはもう会えないことを思い出して、いつでもどこでも泣いちゃうことになりました。
父は病気で亡くなったので、亡くなった時は父解放したような気がするからそれほど悲しくなかったけど、後からすごく悲しい気持ちになります。
自分もともとネガティブな人なので、とてもこの悲しみとともに生きてけると思えない。
だって、本当に父のことを愛していた。
これからの時に亡くなって、とても寂しく感じちゃった。
父の友達は皆「まだ若いのに」と言います。
父は晩婚なので、私を生んだ時にもう42歳でした。63年の人生にたった21年を私と共有した。しかも最後の3年は私留学したため、ほとんど会えなかった。
父はとてもとても家族を愛して、この年になっても働こうと思ってる人なのに、どうしてそんなに早く父を連れ去ったのか、とてもわからない。高校まではそれほど親しくなかったけど、去年に留学していた私を見に来て、「成長したね」と感心しながら言った。その時にやっと父といろいろ話せるようになったなと思ったのに。
こういういろんな思いをいう対象が、正直いなくて、ずっと悩んでいた。とても苦しくなってしまって、このブログを見つけたので、コメントに書かせていただきました。
迷惑掛けたら申し訳ございません。ちょっと気が楽になりました。

投稿: キュウ | 2010年4月 8日 (木) 09時25分

>キュウさん

お気持ちを書いてくださって、ありがとうございます。
お父様がお亡くなりになられたとのこと、心よりご冥福をお祈り申し上げます。

キュウさん、迷惑なんて思わないので、いつでも立ち寄ってください。
お返事がすぐにできなくて、ごめんなさい。

私も、「母はもう、苦しみの中にはいない」という気持ちがありましたので、おっしゃることよくわかります。
でも、後から「もう会えない」という悲しみが押し寄せて、絶望しますよね。。。
もっともっと、お父様には生きていてほしかったですよね。。。

私はといえば、母が亡くなって1年経って、毎日のように泣くことはなくなりました。
でも、つい先日、お父様が亡くなって、その翌年にお嬢さんが結婚して、式にお父様の遺影が。。。というのをテレビで見たとき、こんなにまだ涙が隠れていたんだ。。。というくらい、大泣きしました。

死別の悲しみ、苦しみは、思ったよりダメージが大きくて、長く続くものです。
人生観も、変わります。
経験していない人がイメージするような、映画やドラマの世界、なんてものじゃありません。そんな、きれいごとではない。

このブログに書いたように、つらすぎて、いろんなサイトを探して救いを求めたり、本もたくさん読みました。
本はヒント、きっかけにはなりますが、最終的には、少しずつ、自分なりに、人ではなく「自分の」心の声をよく聞いて、気持ちを整理して納得していくしかないかな、と思います。本当に、少しずつなんですが、それで構わないと思います。そんなに簡単に切り替えられるものでもないですから。

もちろん、母に会いたい気持ちは、消えることはありません。
それだけ思える母の元に生まれたことは、私にとって最大の幸せだったなと、思います。

投稿: Karen | 2010年4月24日 (土) 12時57分

突然お便りをしてすみません。母が2010年5月9日に倒れて2日後の12日に亡くなりました。91歳でしたが元気で若々しいのでまだ元気でいてくれると思っていました。 倒れる2~3日前私の愚痴を聞いてくれて一緒に怒ってくれました。私が嫌な話を母に聞かしたばっかりに母が死んだようでもう辛くて自分の馬鹿さかげんに自分が許せません。私は59歳で夫と息子2人孫も3人いますのに悲しくて悲しくて これは嘘じゃないかと思って朝 目を覚ますとやはり母はいない。母がいないことがいままで体験したことの無い絶望感に毎日泣けて泣けて私も死んでもいいと思います。 区役所に死後2週間以内の手続きに行っても受付でずーと泣ていました。 11年前兄が亡くなって 兄嫁が実家を売って(父が兄名義にしていました)出ていってから母は三女の私の家に来ていました。両親が働いて働いて建てた家でした。でも母は愚痴一つ言わず 明るく優しく私や私の家族のために尽くしてくれました。わたしは母が居てくれることに甘えて旅行に習い事にランチに出掛けまわっていました。母をうっとうしく思ったり べたべた甘えたりしてなかったのにこんなに母のことが好きだったのかと愕然としています。悲しく辛く後悔しています。

投稿: ミコ | 2010年6月11日 (金) 17時53分

ミコさん

ブログをお休みしているため、お返事が大変遅くなってしまいました。ごめんなさい。

お母様とは、突然のお別れだったのですね。
急にいってしまったので、日も浅いですし、まだ実感が湧きませんよね。。。
とてもお優しくて素敵なお母様だったというのが、お話から伝わってきます。
私の母も、愚痴を言わない人で、本当に働き者で、笑顔も可愛かったです。

私も母が亡くなってから、ああすればよかった、お母さんごめんね。。。と、後悔しない日はありませんでした。
それでも最近になってやっと、そこまで自分を責めなくても大丈夫だと思えるようになりました。
今月、2回目のお盆を迎えます。

「後悔の全くない死別はない」といいます。
あまりご自分を責めないでくださいね。
といっても、みんな、責めてしまうものですけれど。。。
「永遠の別れ」という本が、もしかしたらミコさんの心を癒す助けになるかもしれません。

お疲れが後から出てくるかと思いますので、どうか体調を崩されませんように。

投稿: Karen | 2010年7月 8日 (木) 19時48分

Karenさん私もコメントしていいですか。
先週、父が63歳で亡くなりました。
1年前から病気で、家族みんなうっすら覚悟はしていましたが、やっぱり悲しくてたまりません。
母方の親兄弟がしきたりや風習などを気にして急かしてくる人ばかりで本当に嫌でした。
私は、ゆっくりでも、例え無作法だとしても、母のやりたいように、父を供養してあげたいのに。

突然来て、何も知らないのに「安らかに眠れるよう見送ってあげましょう」なんて言うお坊さんも憎く感じました。
お経を読まれるのも嫌でした。父をどこかに連れていかれるようで。

でも、骨になってしまったら、悲しいけど少し落ち着いて、「ちゃんと供養してあげたい。」と思えました。

大切な人を亡くした友達…の記事も読ませて頂きました。他の方のコメント、Karenさんのお返事、どれも共感できることばかりで、優しくて癒されました。

家族で一緒に悲しみながら、支え合っていけたらと思います。
長文失礼致しました。

投稿: neko | 2010年7月 9日 (金) 11時50分

karenさん
お返事ありがとうございました。 今日は2回目の月命日です。 
まだ泣かない日はありませんが 今日ふと私が母を残して先に死んでいたら私が今感じる辛さ悲しさ以上を母が感じることになったでしょう この痛みを母にあじあわさなくてよかった・・だからお母さんごめんね。十分な親孝行できてないけど 許してね。と話しかけました。
でもやっぱり寂しい。 
「永遠の別れ」是非読んでみたく注文しました。 krenさんのブログに来れて良かった。

投稿: ミコ | 2010年7月12日 (月) 17時50分

一人っ子の私の母が闘病の末亡くなったのは6月7日です。76歳でした。
1年半前に肝ガンの手術を外科手術界のいわゆる「ゴッドハンド」の執刀で受け、手術は成功でしたが、院内感染に見舞われて、当初1カ月と言われた入院が半年になりました。
長期入院が認知症を進めてしまい、母は2度と大好きだった自宅に戻れず仕舞い。なんとか見つけた老人ホームにお世話になりましたが、やはり末期肝硬変で最期1カ月は昏睡のうちに静かに他界しました。残された父も認知が進みましたが、ホームの配慮で母のあとに入居できて、今静かに暮らしています。
6月はバタバタ。7月になって無人の実家マンションを整理している中で、母のぬくもりや痕跡を目の当たりにしてかなりキテいます。
意識があった最後の頃に母が「シュワシュワしたサイダー飲みたい」と言ったのに、糖尿病に良くないよと言って、普通のお茶しか飲ませなかったこととか、ちょっとしたやりとりがフラッシュバックして辛いです。
私も四半世紀前に独立し、今になていろいろフタを開けることで出会う、親のその時その時の生きざまや痕跡に胸が痛む日々です。
私の家内と、もう成人している2人の息子も私を慮ってくれていますが、私自身家族にも伝えきれないものが詰まって、1か月病とでも言うのか、ここにきていろいろな思いにとらわれています。
結局、何か「後悔」に似た感情がすぐにアタマをもたげてしまう日々なのです。

投稿: masaruk | 2010年7月13日 (火) 01時26分

>nekoさん

はじめまして。こんにちは。
お父様がお亡くなりになられて悲しみの中コメントをいただいたのに、すぐにお返事ができず、申し訳ありませんでした。
心より、お悔やみ申しあげます。
そして、正直にお気持ちを書いてくださって、ありがとうございます。
こちらこそ、癒されました。

家族を亡くしたときは、外野というと失礼ですが、周りがとやかく言うものですよね・・・。
遺族の気持ちを最優先してほしいのに。
私は、自分が嫌な思いをした経験から、これから親しい人が家族を亡くしたときに、あれこれ言うのはやめよう、口先だけでなく、本当に必要な助けを行動で示そう、と心に決めました。

お坊さんに言われたときのnekoさんのお気持ち、その後の変化、おっしゃることよくわかります。
私の場合、お通夜の会場に母の名前があるのを最初に見たとき、「えー、なんでお母さんの名前があるの?」と思いました。
現実味がなくて、映画か何かを見ているようで、まだ母が亡くなったことを受け入れられなかったのです。
私も、お骨になった母を家に連れて帰って、毎日お参りをしているうちに、少しずつ受け入れていった気がします。

あれから1年半が経ちました。長かったような、短かったような・・・。
親のいない新しい生活を生きていくことは、勇気がいります。当たり前にあった安心感がなくなりますから。
nekoさん、どうかゆっくりと癒していってくださいね。

投稿: Karen | 2010年8月 9日 (月) 12時17分

>ミコさん

こんにちは。
コメントをありがとうございます。

ミコさんのおっしゃるように、私も、この悲しみを引き受けることができてよかったと思えるようになりました。
キャシー中島さんもそうですし、お子様を亡くされた方の悲しみは本当に深いですから・・・。
親御さんのお気持ちだけでなく、親より先にいかなければならない人の気持ちを思うと、胸がいっぱいになります。

母を送ることができた、先にいかなかった。それでももちろん、悔しくて、悲しくて仕方がないですけれどね。

たくさん、遺族のための本があります。
私には「永遠の別れ」がしっくりきました。
他にもこのブログで紹介してますので、よかったら見てみてください。
映画「私の中のあなた」も、エンディングの言葉がとても心に沁みました。
少しでも励ましになれば、うれしいです。

投稿: Karen | 2010年8月 9日 (月) 12時28分

>masarukさん

コメントでお気持ちを書いてくださって、ありがとうございます。
お母様のご冥福を心よりお祈り申し上げます。
時間が経ってしまいましたこと、どうかお許しください。

私の母も肝臓転移しておりましたので、肝不全の状態がmasarukさんのお母様と重なり、涙が出そうになりました。
肝臓は、最後に急激に悪くなりますし、意識も朦朧としてしまいますので、本当に怖いですね。
テレビのドラマのようなお別れには、ならないですよね・・・。

ご実家を整理されているとのこと。
お辛いお気持ち、よくわかります。私は一周忌を前に、母の形見分けのために箪笥を整理していましたら、涙が止まらず、その日の夜にアトピーを発症してしまいました。

その後「親の家を片づけながら」という本を読みました。以下抜粋です。
(作者も、確か一人っ子だったと思います)

「両親を墓の中に横たえるのは、子供の頃の自分を一緒に埋めるということだ。しのぶ対象はいとしい親そのものではない。その親がもたらしてくれた安心感であり、自分の人生の背景であり、そして愛そのものを失ってしまったことをしのぶのだ」
「『親の家を片づけ、空にする』とは、ある場所から物を取り出し、何もない空間を作るということ。親を空っぽにするのだ。義務だと割り切ろうにも、あまりにも暴力的な要素が多すぎて、言葉はつい空回りしてしまう」

そうなんだよね、そういうものだよね・・・と、親を亡くした友達と話したかのように、深く共感して、なぜかほっとしました。

「シュワシュワしたサイダー飲みたい」と言われたお母様。masarukさんは体を気遣ってお茶を差し上げたのですよね。と私が申し上げたところで、「残された時間が少ないのなら、好きなものを好きなだけ飲ませてあげたかった・・・」とご自分を責めてしまいますよね、きっと。

私も、あの日に亡くなるとわかっていたら、もっと食欲のあるうちに、食べられるうちに、こんなものを作って食べさせたかった・・・。
母の好きな家で、看取ってあげたかった・・・。
頭をシャンプーしてあげたけれど、自分の爪が伸びていたので、本当はちゃんと短く切ってごしごしよーく洗ってあげたかった・・・。
そんなことを実は毎日シャンプーするたびに思っています。

今思うのは、母にしてあげたかったことを、父の最期の日々にしてあげようということです。
(まだ60代で、元気ですが。父を精いっぱい健康で、長生きさせたいと思っています)
そういう意味で、母は全力で父を守っているという気がします。

投稿: Karen | 2010年8月 9日 (月) 12時58分

約5ヶ月の闘病の末、一週間前に母は永眠しました。66歳でした。
最初はただの腸閉塞。
手術は成功でした。
しかし嘔吐物を飲み込んでしまったことによる重度の肺炎から手術後に人工呼吸器をつけられました。
それから亡くなるまで一度も外されることなく逝ってしまった母。
院内感染により肺血症になってしまった母。
亡くなる直前まで意識があった母。
たくさん話したいこともあっただろう。
たくさん食べたいものあっただろうに。と何もできなかった自分を責める日々です。
転院していれば院内感染なんてしなかったのでは…と悔やむ日々。
私は高校生の時に父を肝硬変で亡くしました。
その時の悲しさは母の深い愛情によって半減されました。
母を守らなければという思いも悲しみを半減させてくれたようにも思います。
今は本当に辛い。
家のあちこちに母を見つけてしまうから。
いつかこの悲しみを乗り越えられるのか。
母は私をどう思っているのか…遺影に話しかける毎日です。

投稿: たまりん | 2010年9月25日 (土) 23時07分

>たまりんさん

こんばんは。
お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。。。

お母様の最期のご様子、読んでいて胸が痛くなります。
ご冥福を、心からお祈りいたします。
たまりんさんも、苦しいですね。。。
こんな形で、お母様が急にいなくなってしまうなんて、思ってもみなかったことですよね。
悲しくて、悔しいですね。本当に。
お父様もすでにお亡くなりになられているとのこと。
なんと言っていいのか、なかなか言葉が見つかりません。。。

まずは、たまりんさんの体をできるだけいたわってあげてください。
とてもお疲れがたまっていると思います。
悲しむことは本人が思っている以上にエネルギーを消耗します。
私の母は1月に亡くなったので、
それから私は長いこと風邪をひいたり、治りにくかったりしました。
お食事はとれていますか?
周りに頼める方がいらっしゃったら、ご自分で抱え込まずに、いろんなことを頼んでくださいね。
私は、抱え込んで、疲れ果ててしまったので。

それから、どうか、ご自分を責めないでください。
こうすればよかった、と責めてしまうものですが、それをできるだけ、「精いっぱい、できることはしたよ。責めなくてもいいよ。私のせいでお母さんがいなくなってしまったわけではないよ」と、自分に言い聞かせてほしいです。

ご自宅は、お母様との思い出がいっぱいですよね。
とてもよくわかります。
お父様を若くして亡くされていらっしゃるので、
その分、お母様との絆も深かったのではと思います。
私の場合は、最近になってやっと、母の物を落ち着いて見られるようになりました。
亡くなってすぐは、心細くて母の服を着ては見たものの泣いてしまったり、引き出しを開けては泣いたり、
料理をするときも、母を思い出しては泣いていました。

たくさん泣いていいと思います。
無理に涙を抑えないで。
むしろ、泣いたほうがいいと私は思います。さんざん、本もブログも読みましたし、映画もたくさん見て大泣きしました。
(例えば「マンマ・ミーヤ」。あの映画で泣いてたのは、私だけかも。。。)
ひとつの儀式(?)として、葬儀とは違う、私ひとりだけの泣く作業が必要だった気がします。

「泣いてたら、お母さんが悲しむよ」
という人もいますが、
お父さん、お母さんを早くに亡くされた人は、そういうことは言わないのではないかと思います。
私の母はまだ50代でした。
平均寿命なんて、何なんだ?と思います。
世の中は、理不尽だということを痛感しました。
最初は母がいなくなったことが悲しくて泣きましたが、その後、母の無念を思って涙が出ました。
それは人として自然なことだと思います。

これからどう悲しむか、どんなペースで回復に向かうのか、
たまりんさんのペースでいいのですし、焦らず、無理せず、
ご自分の気持ちを大切にしてほしいです。
何か吐き出したいことがあったら、メールするようなつもりで、こちらに書きこんでくださいね。

投稿: Karen | 2010年10月 6日 (水) 19時45分

僕の母が先月亡くなりました。
僕は今中学2年で高1の姉と父と母の四人家族でした。
母は肺が硬くなる病気で、今年の四月ごろから入退院を繰り返していました。
僕はいつも学校の部活で忙しく、いつも母に八つ当たりばかりしていました。
動けない母がお茶を飲みたいから取ってと言ったときに、僕は「なんでそんなこともできねえんだよ、」と言ったり、毎日のように母に当たっていました。

ある日僕は母とケンカをして「お前なんか俺の親じゃねえ」と言ってしまいました。

翌日母が亡くなりました。

僕はそれから後悔の毎日でした。
なんであんなこといってしまったんだろう。
なんでもっとやさしくできなかったんだろう

毎日ベットの中で泣きじゃくっています。
母のことを考えるだけで、胸が痛くなります。


投稿: 少年 | 2010年10月 8日 (金) 23時27分

>少年さん

こんばんは。
お母様、本当に残念でしたね・・・。
心から、ご冥福をお祈りいたします。

気休めにしかならないかもしれませんが、
中学ぐらいのときは、そういうこと言ってしまいます。
私も反抗期は、ひどいこと言ってましたし、
大人になっても、八つ当たり、してしまいました。甘えてたんですね。

お母様がいなくなってしまうのでは?という不安でいっぱいで、情緒が不安定になってしまったのかもしれませんね。
大人でも、誰でも、そういうものだそうです。
私自身も、振り返ると、そうだったかもしれません。
もっと母のことを考えて、こうすればよかった・・・と思ってしまいます。

ただ、お母様は、自分の子どものことを責めるようなことは、ないと思います。
「親を思う、心に勝る親心」、なのだそうです。
親の存在って、すごいですね。

母親がいなくなるのは、この年でも辛いので、
本当にお辛いと思います。
言葉が足りなくて、ごめんなさい。
どんどん、周りの人を味方につけてください。
よい方々との出会いがありますように。

投稿: Karen | 2010年10月11日 (月) 21時58分

ブログを拝見して
ようやく素直に泣く事ができました
有難うございます

半年前、60になる父を病気で亡くし
残された祖母の気持ち、母の気持ち、兄弟の気持ち

なにより、これから色々したい事を
嬉しそうに話していた父の事を思うと
悔しくて悔しくて仕方が有りませんでした

そういう事を色々考えると
自分自身に『しっかりしろ!泣くな!泣くな!』
言い聞かせるみたいに一人で、時々泣いて半年間闇雲にがむしゃらに過ごしてきましたが、ふとした時に気が抜けてしまい一気にどうして良いのか分からなくなってしまった時にこのブログにたどり着きました

多分先はまだ長いですが
これから焦らずゆっくりと悲しみとも向き合って行こうと思います

投稿: 青 | 2010年11月 8日 (月) 23時08分

こんばんわ
記事を拝見させていただきました、最愛のお母様を亡くされてみなさん悲しみの渦の中にいる、でも一生懸命生きようとしている、泣きました。

現在母が闘病中ですが
母子家庭一人っ子で親友の様に育ってきた為
母がいなくなった先耐えられる自信が自分には全くありません
情けないですよね
松平さんの奥様が自死されてしまいましたが他人事ではないなと思っているほどです

平均寿命にあるように
どこかで80までは生きてくれると思っていたのに
落とし穴に落ちた気分です

最近では発病前に
タイムスリップしたいだとか
できもしない事を考えたり
現実逃避ばかりしてしまいますね

投稿: あげは | 2010年11月18日 (木) 03時11分

>青さん

こんばんは。コメントを書いてくださって、こちらこそありがとうございます。
お返事が遅くなってしまい、ごめんなさい。

お父様も、お若くしてお亡くなりになられたのですね・・・。
ご冥福をお祈りいたします。
まだまだ半年、です。
私の母が半年経ったころを振り返ると、
友達とさっきまで普通に話していたのに、ちょっとした話題で母のことを思い出し、
わーーっと泣いてしまう、ということがありました。

もっと生きたかった母のことを思うと涙が出るので、青さんのお気持ち、よくわかります。
涙は自然な反応だと思うので、日中仕事をしているときなどは泣けませんが、ふとしたときくらい、自分にあまり厳しくならないで、解放してあげてもいいと思いませんか?
私なんて、もう2年近くになるのに、夢に母が現れると、朝起きたときに泣いていることがあります。
いい年をしているのに、急に「お母さんに会いたい!」と、どうしようもない気持ちになります。

よく、「泣いていると、亡くなった人が成仏しないよ」という話をする人もいますが、いったいその人はどうやってそれを確かめたのか?と思ってしまいます。
私は、「亡くなった人自身も悲しいのだから(未練がないわけがないです)、私が泣いているときは故人も向こうで泣いているのだろう」と思います。
これも、最初の話同様、何の根拠もありませんが、しっくりきます。
遺族に泣かれて戸惑う側が作った話なのか、遺族側が腑に落ちる話なのか、どちらを選ぶかは、自由だと思いませんか?
個人差もあるとは思いますが、気持ちの整理の仕方やする期間くらい、遺族の好きなようにさせていただきたいですよね。

長く、とりとめのない話になりましたが、
青さん、ゆっくり傷を癒していきましょうね。

投稿: Karen | 2010年11月30日 (火) 19時37分

>あげはさん

こんばんは。はじめまして。
コメントありがとうございます。
お返事が遅くなってしまって、ごめんなさい。

実は私も、松平さんの奥様のニュースを見て、どきっとしました。
母が亡くなった直後、悲しすぎて胸が痛くなって、もしかしたら私も死んでしまうのではないか、と思いました。
自殺という意味ではなく、あまりに悲しみが強すぎてショック状態にあったのだと思います。

母が発病する前と後では、画面がカラーから白黒になったくらいの変化でしたので、あげはさんのおっしゃること、よくわかります。
亡くなった今でも、昔は○年後こんな形になるなんて思わなかったなぁ、あの頃は幸せだったなぁ・・・としょっちゅう思います。
母ともう会えないことに、ときどき、がくーーーっと絶望します。
平均寿命まで親が老いて、枯れるように亡くなる。
認知症などの介護の負担があるのは承知の上で、それでも、そんなに長く親と過ごせる方がうらやましいです。

あげはさんは、お母様と二人、ずっと一緒に過ごしてこられたのですね。
私も母が亡くなるまで、こんなに「お母さんっ子」だと思わなくて、自分でも驚きました。母と娘は、友達のようなところ、ありますね。
「今日ね、こういうことがあったよ」と言いいたくて、あ、お母さんいないんだ・・・と我にかえって寂しくなります。
生前は、よくお茶を飲みながら、いろいろ話をしたり、マッサージをしたり(母はがっちり体型だったので、私の小さい手では大変でした・・・でも、懐かしいなぁ)、コブクロの「蕾」の話をテレビで見て、二人でうわーーんと泣いたりしたものです。

お母様が闘病されているとのこと。
看病が大変だと思うので、体調に気をつけてください。
悔いのないように、精いっぱいのことをして差し上げてほしいです。
そのほうが、あげはさんの気持ちがあとあと整理しやすいと思います。
私は悔いがいっぱい残りましたから、私のようにはなってほしくないです。
不謹慎に思われたら、申し訳ありませんが、余命は、医師に聞けるとしたら聞いておいたほうがいいと私は思います。
私の場合は、やっと聞けるチャンスが来たと思ったら、急に母の容体が悪化してそれから5日で亡くなってしまいました。
聞くのはつらいし勇気が要りますが、もっと早くに踏み込んで聞いていれば、もっと他にもしてあげることができたのにな・・・と悔やんでおります。

また何かお話をされたいときは、いつでもいらしてください。
できるだけ、早めにお返事ができるようにいたします。

投稿: Karen | 2010年11月30日 (火) 20時00分

私は、去年(2010年)8月に母を9月に父を亡くしました。母は認知症で脳溢血で倒れ一週間の入院の後父、姉、私に見守られ逝きました。が、父は母のいなくなった家に1人で暮らしていて、心筋梗塞で1人で逝ってしまいました。
母の死に後悔がないといったら嘘になりますが、できるだけの事はしたという気持ちはあります。が、父は前日までまったく元気だったため、優しい言葉をかけるでもなく母を失った悲しみをわかってあげるでもなく、いつものように、そっけなく実家を後にしてしまいました。
もっと優しくしてあげればよかった・・・悲しみをわかってあげればよかった・・・後悔ばかりです。
今でも父の事を思うと涙がとまりません。
このサイトはなにかにすがりつきたくて探していて出会いました。読んでいて涙がとまりません・・・
でも、ありがとうございます。
うまく言えないけど、ありがとうございます。このサイトに出会えてよかったです。。
長くなってしまってごめんなさい。

投稿: うめぼし | 2011年1月 7日 (金) 19時43分

>うめぼしさん

おはようございます。
コメントを残してくださって、ありがとうございます。

お母様とお父様を亡くされたとのこと。
心からご冥福をお祈りいたします。
本当に、そんな急に亡くなるなんて思っていなかったですよね。
悲しいですね・・・。


>優しい言葉をかけるでもなく母を失った悲しみをわかってあげるでもなく、いつものように、そっけなく実家を後にしてしまいました。

あまり、ご自分を責めないでくださいね。
お父様も、だって元気だったんだから仕方がないよ、それが普通だよ、とおっしゃると思います。
少しずつ悪くなって亡くなる場合と、急に亡くなる場合、
遺族の感情に違いはあるようですが、どちらも、どんな別れでも、後悔はあるものだそうです。

私は母が亡くなってもうすぐ2年になります。
私も後悔ばかりで、たくさん泣きました。
後悔の念は、1年を過ぎてから少しずつ、
本当に少しずつ、薄らいできました。
「四十九日のレシピ」という本はご存知ですか?
うめぼしさんのお話を伺って、この本が思い浮かびました。
もし、よかったら読んでみてください。

ご両親を亡くされたうめぼしさんに、なんと声をかけていいのか迷いますが、このブログが少しでも助けになれば、と願っています。

投稿: Karen | 2011年1月10日 (月) 09時34分

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